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たましふる大峯~神崎士郎 なっしょのないしょ~

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一年の半分を奈良の世界遺産大峯山頂宿坊で暮らす写真家神崎士郎が綴る日々のあれこれ。見たこと見ないこと……。

<   2011年 08月 ( 7 )   > この月の画像一覧

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その日も山上は深い霧に包まれていて、ぼくはひとりだった。
昼食を済ませて(因みにひとりのときのお昼は軽く麺類で)何となく窓越しに外を覗いてみると、白、白、白…濃密な白。手前の木々と隣の宿坊、そして参道の一部が見える位で奥の方は全く何も望めない。こんな、霧に閉じ込められて誰も上って来ないような日のことをぼくは勝手に「世界が滅んでしまった日」などと呼んでいるけど。
その時、霧の白い重なりの一角がやわらかなヴェールを幾重にもめくるように動いた。その内側からそれとは異なるトーンの白が一枚、二枚、三枚はがれるように浮き上がってくる。近づくに連れてそれらは白装束を纏った人の形を取った。こちらへやって来る。どこに入るんかな。この時間だと泊まりだな。うん?しかも腰に挿しているのは…劍?隣を通り過ぎて石段を上りかけている。
こういう場合まずは隠れることになっているんだ、それが山上の掟というやつで。予約の無い突然の客は歓迎されない。でもそれは表向きでね、ここは深山幽谷の辺境の地で宿も限られているのでどんな場合でも断ることはまず無い。人命に関わることになるかもしれないし。
ぼくはあわてて窓から離れるとモノカゲから玄関の方をそおっとうかがう。この時、実はね、何となくうちに入って来るのでは、来たらいいなあと思った記憶がある。そして案の定、彼らは喜蔵院の山門の前で足を止めると迷いもなく真っ直ぐに入って来たのだ。
それが彼ら三剣士との出会いだ。以来、毎年上って来てくれる。時を重ね、それぞれの境遇は変わったけれども、その素直な眼差しと混濁の世を潔く渡って行くんだとでもいうようなピュアな空気感は今も変わらない。会う度に自分の背筋を気持ち良く正される気がする。
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今年もふたりがやって来た。カネコくんは、刀研師の修行を積み、武道を志し、龍脈を歩いている。いざというときには良く切れそうな美剣の如き女子と連れ添い、現在は老朽化した図書館で雨風と戦い本たちを日夜守る日々である。この春、息子ゴールデンチャイルドを授かった。おめでとう。
アンドウくんは、劍を持つ手を鉄砲ならぬロケットを造る手に替え、宇宙を目指している。今回も出張先の種子島から帰った足でそのままこちらへやって来た。中心になる物、人、場所の横に居て全体を常に守っている感あり。今年はひとまわりコンパクトになり若き修行僧のようだった。道を歩く人。
そしてこの日は都合で来れなかったオダくん。責任感のある優しさの持ち主。なぜか古い木造校舎の佇まいがいつも目に浮かぶ。山を歩く人。近い内に会えそうである。
三人ともぼくとは親子程年が離れているのだが波長が合う範囲が広い。古い魂が響き合うのだろうか。寧ろ大きな年齢差こそがタイムマシンのような役割を果たし、お互いの内に未知の発見をもたらしているのではと思う。そして何よりこの大峯山こそが時間や距離を超えて様々な人間たちを同じ地平の上で出会わせてくれる場になっていると感じる。
念のため、彼らが帯びている刀は教育委員会の認可を受けているものであり、心配御無用とのこと。そして三人が劍を身に付けているのは修験道の古い形に習い信仰上の作法としてであろう。その劍の心で何を切り、どんな新世界を開いて行くのかな。

大峯山上豆知識
「大峯山」現在、地図上にも載る正式名称は「山上ヶ岳」である。
大峯は古来からの呼び名で今は信仰上の意味合いが強いと思われる。百名山に言う大峰山とは近畿最高峰の百経ヶ岳(八剣山)のことを指す。
こんな説がある。大峯の「峯」という字を上から順に三分解する。一番目の「山」は世界を表し、二番目は「久」と見て、三番目は「平」の略字と見る。それをつなげて読むと「世界がいつまでも平和でありますように」だと。納所になってまだ間もない頃、向かいの古老納所が教えてくれた。
そう言えば、修験道の勤行では必ず世界平和を唱えるね。
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by tamashifull | 2011-08-26 14:49 | 宿坊暮らし
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ぱたぱたぱた
スリガラスが夜の色に染まると
ぱたぱたぱた
窓をたたく夏の訪問者 オオミズアオ
ぱたぱたぱた
光に集まる小虫たちはスパンコール
ぱたぱたぱた
あさぎ色マントはためかせ 眠りの粉をそっと撒く
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〔オオミズアオ)
山繭を産する蛾。満月の夜に羽化するという。
和名は月天女。
夏の朝、宿坊の玄関を開けると羽だけがバタフライの形のまま地面に落ちていることがよくある。
胴体はどこにも見当たらない。誰かの朝食にでもなったのかな?
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by tamashifull | 2011-08-19 18:07 | 写真帖
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五月、岩陰に残る根雪はなかなか溶けない。
春から冬へ、山へ上ったばかりのぼくたちはまるで季節を逆戻りしたみたいだ。

六月、雨の匂いが濃くなって岩屋の雪もいつの間にか消え、 しっとりした土間の上、うっかり足を滑らせて、見ると足元でノソリ。 ゴトだ。 慌てて逃げるわけでもない。 冬眠から目覚めて空腹を満たしに出て来たのか。
しゃがんで覗き込んでみる。
物哀しくも浪漫な眼の色…前世は行者だったのか?お前。 そして再び山に帰って来たのか。 おそるおそる手を伸ばすと意外とツルツルしているんだ、これが。 からだの中をきれいな水が流れているんだろ、きっと。
土間で狩りをする時は、踏まれないように気を付けてな。

七月、宿坊の周りが花々の彩りで染め上げられてゆく頃、ゴトの大好物が宵闇に乗じて翔んでくる。 そう、オオミズアオだ。 でも朝なんか眼の前で鳥にパクッとさらわれてしまうこともある。 それでものそのそ…ゴトは行く。
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八月、したたる緑の中でうーんと背伸びするは、まだまだ小ゴト。
生まれたからには、いっそ大ゴトになって欲しいぞ。
〔ゴト〕
紀伊半島で広く使われる方言でカエルのこと。
山上で多く生息するヒキガエルはゴトビキと言う。
その名を冠した巨岩が和歌山県新宮の神倉山に街を見下ろすようにそそり立っている。
これは古くから「南の守護石とされている。
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by tamashifull | 2011-08-19 17:55 | 写真帖
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さっきからどえれー雨が降っとるのう。なんぼ夕方じゃいうてもえろう暗うなってしもうたの…。
こん山はさ、世界文化遺産に奥駈道が選ばれるまでは電気は通って無かったな。大型ディーゼルエンジンの発電機がブルンブルンと幅をきかせておったんじゃ。
そん頃はな、もったいのうて電気は夜間しか使っておらんかったの。5ケ寺の宿坊が毎年交代で燃料を入れたり点検したりと世話をしておった。
きょうみたいにな、雷がゴロゴロ鳴るとな落雷して火が出る恐れがあるんでな、当番は慌てて発電小屋まで例え嵐でも走ったもんじゃ。
今はな関電さんが各寺に電気を送ってくれとるさかいにな、カミナリゴロウがゴロッとでも来たら電源をすぐ落とせばええからな、随分楽になったもんじゃ。
まあそれでもな、3年位前かのう、元締めの送電盤の大親分に雷直撃してのう、梅雨時やったかな、それから9月の戸閉めまでダーレも修理に来てくれんでその年は真ッ黒クロスケに舞い戻ったじゃ。
忘れたころの発電機暮らしやった。人間、慣れとは恐ろしいもんじゃ。不便も大事や言うことじゃわい、特にこんな山奥ではな。
それできょうはさっき電気を切ったでな何年ぶりかでワシの出番となったわけじゃ。電力に頼る前はの近代化の一番手はわしじゃった。アルコール燃料で毎日ホヤ(フラスコに似たガラスの部分)をピカピカに 磨いてもらったもんや。現在もな大峯山寺本堂には火災報知器やらはゴマンとついとっても電灯は使ってないらしゅうてワシらが大活躍じゃ。
昼でも暗いからのう、1300年来の闇が滞っておるんじゃ。
人間、真の闇を忘れたらいけんいうことじゃ…!
おっ?なんじゃ、納所さんよう、もう消すっちゅうのかい、雷五郎どんは遠ざかったいうても、お客さんもそろそろ到着のころやし、そない慌てんでもえぇ、ゃ、…。
「出所不明のランプのひとりごと」デシタ。
大峯山上豆知識
「戸開け戸閉め」
大峯山寺の扉を開けてその年の登拝を始め(五月三日)扉を閉めて終わる(九月二十三日)ことを言う。
それぞれに午前三時から戸開式・戸閉式を行う。儀式の役を担う講(信徒組織)が参加する。
この夜、山上は男たちばかり静かな熱気に包まれる。
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by tamashifull | 2011-08-12 13:17 | 宿坊暮らし
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毎年8月2・3日、ふもとの洞川(どろかわ)では行者祭が行われる。
これは、今から1300年余り前、伊豆大島に流された役行者の冤罪が晴れ、弟子である後鬼の一族が棲む洞川へ戻られたのを村人たちが出迎え祝ったという言い伝えを再現した行事で、温泉街は多くの人々で賑わう。
3日の夜、山上から見下ろす洞川の町並みは赤々とした提灯の明かりを散りばめて、山合の漆黒の闇の中に煌々と浮かび上がっている。そしてその上にポッポッ…と火の華が咲くと夢幻の心地にしばし囚われて、ぼくはまた時空を越えてしまうのだ。

「おひさしぶりです」開け放した玄関を抜けて誰かが入って来た。杉笠をかぶり頬から顎にかけて髭を生やした長髪細身の人物が杖をついてニコニコほほえんでいる。
外は霧に煙っている。
「?」誰だっけ、この人…向かいの宿坊で働いていた…いや…
「ベンでーす」
「ベン!!どうしたの?今頃!?」
きょうは吉野から25キロの奥駈道を歩いて来たという。
彼はフランス人で2、3週間前のある昼下がり、ふらりとやって来たのだ。普通の日本語に英語交じりで話してくれて会話が弾んだ。
登山口で日本人の奥さんと8ヶ月の男の子が待っていてくれるという。
2年間暮らしたエクアドルで知り合い命を授かり日本に来て戸隠で結婚式、宮古島で誕生、屋久島に登り、九州、四国を経て、いざ紀伊半島へ。
「今までどこにいたの?東に行ったんじゃなかった?」
どうも奈良から和歌山へ大峯山系添いに南下し、行く先々での出会いを経てぐるっとまわり吉野山へたどり着いたそうな。
高野山、熊野古道、玉置、十津川、役行者が劍を埋めたと言われる場所…。そこは巨岩がゴロゴロと在り棚田の美しい光景が広がり青い山並みが遥か彼方まで続いていたと。
彼と話してるとお互い共通のニュアンスを持っているのを実感する。
シルバンもそうだけどこれを「たましふる」というのかも。
そして彼の飄々とした姿の向こうにはたくましくもおおらかな奥さんの笑顔が見える気がする。
2年後か5年後の再会を約束して小雨の中ベンを見送った。

その日の夕刻、物資運搬用ケーブルのある見通しの良い広場で護摩を焚く行事が執り行われた。
これは祭りの宵宮を迎える洞川に護摩の炎が見えて届くようにといつの頃からか始められたらしい。
大峯山寺と五つの宿坊の人たちが集まる。
この日は小雨交じりのせいかなかなか火勢が上がらない。
雨音に般若心行の声が唱和する。
気心の知れた宿坊暮らしの仲間たちも心なしか真剣な眼差しで中央のまだ小さな炎を見つめている。
やがて空気の通りが良くなったのか炎は勢いを増して龍の形を取り始めた。
それぞれの素直な祈りが飛翔してしかるべき時と場所を得て実りますように。

大峯山上豆知識
「護摩」
密教で仏の前で木を燃やして祈る儀式。修験道では主に不動明王の前で杉や檜を燃やして行う。
外で丸太(壇木)を組んで行う採(柴)燈護摩と壇(内)護摩がある。
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by tamashifull | 2011-08-10 21:07
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かしげてる 風のラッパが聞こえないか 夏の吐息の使いが踝(クルブシ)に当たる
ほーほーほー リンリンリン くすぐったいね きみたちが出てくると
〔ヤマホタルブクロ 山蛍袋 Campanula puncutata var.hondoensis〕
草丈50㎝位。花は大きなつり鐘形で長さ4〜5㎝、径2㎝位、下向きにぶら下がって咲く。
花色は白、赤紫。花期7月中旬から8月初旬。
宿坊の古老はチョウチンバナと呼ぶ。
花弁の中に蛍が入り発光してともしびの様に見えるイメージが伝わる。
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by tamashifull | 2011-08-02 22:21
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きょうは早朝から山は雲の中。
また台風が発生したしゲリラ豪雨もあちこちで猛威を奮っている。それでも土曜日。まだ暗いうちから歩いて来た人たちの鈴の音が時折宿坊の前の参道を通って行く。
ティン シャラン カラン、誰か入って来た。
朝食の手を止めて顔を出すと「おーい、来たぞ」とターオさんの笑顔。
「はっやいねぇ!また稲村ケ岳を廻って来たの?」
「おう、大日山にも参って来たんや。かみさんが大日如来を信心しとるさかいにな」
ターオさんは奥さん思いだ。ひと昔前は吉野から熊野、奥駈道を行ったり来たり。
「この足はのう、神崎さん、「いい足だ、よく歩く足だ」と医者が太鼓判を捺してくれた足なんや」
そうやねえ、大峰山系を随分暴れまわった足だ。
「ところでのう、これと同じのかみさんにも画いてくれんか」
自分の着ているカンマン白衣を指して言う。梵字と修験道の三尊を墨と柿渋を使って画いた。今は山より奥さんといる時間を大切にしているターオさんらしい。
「きょうはやなあ、かみさんが山上(さんじょう)さんへ行って来いと言うてくれたんや」そうな。
ターオさんを見送ってしばらくして突然ザーッと大雨が降って来た。地軸を洗い流すような雨、とはこのこと。こんな雨を山の古老はオオアメサンダワラという。俵のように太い雨のことだって。
雨が上がり、ずぶ濡れでいかにも清々したという様子の人たちが次々と上って来なさる。
豪雨が収まって落ち着いた頃、ひとりの外人さんが今宵の宿を求めてやって来た。洞川登山口から上ってここを素通りして奥の大普賢岳まで行き、帰って来たという。しかもめったに足を踏み入れない地図上では点線の道をたどり、谷底に下りてから山頂を極めたんだと。
オランダ……、イメージでは山など無く風車が並びチューリップ畑が広がる平らな国から、こんな異国の深山幽谷の地へ、よくぞ来られた。
地図の世界を通り抜けて遠路遥々、その思いの来る所を考えると気の遠くなる。
翌朝早く、彼はまた大普賢を越えてさらに南の弥山(みせん)へと向かって行った。
後ろ姿の霧に紛れてひょろりと遠ざかり…。

大峯山上豆知識
「カンマン」
不動明王を表す梵字(インドのサンスクリット文字を由来する、一字一字が仏を意味する)
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by tamashifull | 2011-08-02 18:04