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たましふる大峯~神崎士郎 なっしょのないしょ~

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一年の半分を奈良の世界遺産大峯山頂宿坊で暮らす写真家神崎士郎が綴る日々のあれこれ。見たこと見ないこと……。

宿坊暮らし・お久し振りです

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毎年8月2・3日、ふもとの洞川(どろかわ)では行者祭が行われる。
これは、今から1300年余り前、伊豆大島に流された役行者の冤罪が晴れ、弟子である後鬼の一族が棲む洞川へ戻られたのを村人たちが出迎え祝ったという言い伝えを再現した行事で、温泉街は多くの人々で賑わう。
3日の夜、山上から見下ろす洞川の町並みは赤々とした提灯の明かりを散りばめて、山合の漆黒の闇の中に煌々と浮かび上がっている。そしてその上にポッポッ…と火の華が咲くと夢幻の心地にしばし囚われて、ぼくはまた時空を越えてしまうのだ。

「おひさしぶりです」開け放した玄関を抜けて誰かが入って来た。杉笠をかぶり頬から顎にかけて髭を生やした長髪細身の人物が杖をついてニコニコほほえんでいる。
外は霧に煙っている。
「?」誰だっけ、この人…向かいの宿坊で働いていた…いや…
「ベンでーす」
「ベン!!どうしたの?今頃!?」
きょうは吉野から25キロの奥駈道を歩いて来たという。
彼はフランス人で2、3週間前のある昼下がり、ふらりとやって来たのだ。普通の日本語に英語交じりで話してくれて会話が弾んだ。
登山口で日本人の奥さんと8ヶ月の男の子が待っていてくれるという。
2年間暮らしたエクアドルで知り合い命を授かり日本に来て戸隠で結婚式、宮古島で誕生、屋久島に登り、九州、四国を経て、いざ紀伊半島へ。
「今までどこにいたの?東に行ったんじゃなかった?」
どうも奈良から和歌山へ大峯山系添いに南下し、行く先々での出会いを経てぐるっとまわり吉野山へたどり着いたそうな。
高野山、熊野古道、玉置、十津川、役行者が劍を埋めたと言われる場所…。そこは巨岩がゴロゴロと在り棚田の美しい光景が広がり青い山並みが遥か彼方まで続いていたと。
彼と話してるとお互い共通のニュアンスを持っているのを実感する。
シルバンもそうだけどこれを「たましふる」というのかも。
そして彼の飄々とした姿の向こうにはたくましくもおおらかな奥さんの笑顔が見える気がする。
2年後か5年後の再会を約束して小雨の中ベンを見送った。

その日の夕刻、物資運搬用ケーブルのある見通しの良い広場で護摩を焚く行事が執り行われた。
これは祭りの宵宮を迎える洞川に護摩の炎が見えて届くようにといつの頃からか始められたらしい。
大峯山寺と五つの宿坊の人たちが集まる。
この日は小雨交じりのせいかなかなか火勢が上がらない。
雨音に般若心行の声が唱和する。
気心の知れた宿坊暮らしの仲間たちも心なしか真剣な眼差しで中央のまだ小さな炎を見つめている。
やがて空気の通りが良くなったのか炎は勢いを増して龍の形を取り始めた。
それぞれの素直な祈りが飛翔してしかるべき時と場所を得て実りますように。

大峯山上豆知識
「護摩」
密教で仏の前で木を燃やして祈る儀式。修験道では主に不動明王の前で杉や檜を燃やして行う。
外で丸太(壇木)を組んで行う採(柴)燈護摩と壇(内)護摩がある。
by tamashifull | 2011-08-10 21:07

by tamashifull